高尾食堂あめとつち ~裏高尾の雨と土が創り出す自然食~

入り口に立つ石川敏之さん

八王子グルメ探訪第19回、今回ご紹介するお店は、裏高尾の自然に囲まれた環境の中にひっそりと佇む古民家食堂「高尾食堂あめとつち」さんです。

植物性原材料のみで創られたこちらのお料理は、Instagramでその美しさが評判となり、広告宣伝をほとんどしていないにもかかわらず、予約をしないと入りづらい人気店となりました。
今回はこちらの店主さんのプロフィールにフォーカスして、「高尾食堂あめとつち」というお店ができるまでの軌跡をたどってみたいと思います。

裏高尾の風景

旧甲州街道沿いには小川がさらさらと流れていてとても気持ちがいい。

高尾駅から小仏に向かうバスに乗り、旧甲州街道の細い道を揺られること約15分。
正面に裏高尾の自然を眺めながら癒やされていると、右手上方に巨大な人工物「八王子ジャンクション」が立ち現れ、自然と人工のコントラストに圧倒されます。

八王子JCTとあめとつちお店外観

お店後方には八王子JCTが。自然と人工のコントラストが映える。

八王子ジャンクション真下のバス停を降りてすぐの、ごく普通の古い一軒家が「高尾食堂あめとつち」さんです。

営業日以外に前を通ったら気がつかずに通り過ぎてしまいそうですが、古民家を活かした食堂はこの地に馴染んでいます。

高尾食堂あめとつち 暖簾

高尾食堂あめとつち 店外の黒板

今回の案内役は、あきる野市で無農薬野菜を育てている「ゆっくり農園」の石川敏之さん。
店主さんと石川さんは高尾山の麓にある市立自然史博物館「TAKAO 599 MUSEUM」でご縁があったとのことで、今回のレポートをお願いしました。
入り口に立つ石川敏之さん

二人の共通キーワードは「ダウンシフト」「スローフード」「スローライフ」。
同じ価値観を共有する二人の対談内容、ぜひご覧ください。



高尾食堂あめとつち誕生まで

「私は若い頃からケーキとか食べ物にしか興味がなくて、アルバイト先もカフェなどの飲食関係ばかりでした。」

こう話す店主の小久保さんは、食べることが好きであったにも関わらず、日々の食事で口にする添加物に違和感を感じていました。

高尾食堂あめとつち 店主 小久保慧(けい)さん

▽小久保慧さん プロフィール
八王子市出身。
高校時代からケーキや食べ物が好きでカフェや居酒屋でアルバイトに熱中。
高校卒業後、食に対する関心が高じて大学は4年制の食物学科を専攻。
大学卒業後は都内のオーガニックカフェに就職。
その後、フランスの焼き菓子を学び、ダイニングカフェの経営も経験。
2017年11月に裏高尾に居を移し、翌2018年4月「高尾食堂あめとつち」をオープン。一児の母。

小久保さんは高校卒業後、栄養士になろうと4年制の大学に進学し食物学科を専攻。
しかし、4年生になってこの仕事ではないと違和感を覚え、卒業後は都内のオーガニックカフェに就職することに。

フェアトレードの食品販売店も併設していたこちらのお店では、今までの価値観が引っくり返る経験をしたといいます。
高尾食堂あめとつち 店主 小久保慧さん

「カフェで体験したことは衝撃的で、歯磨きやシャンプー、洋服、身の回りのもの全てに対して自分の価値観が180度変わった時期でした。
化学調味料が舌を麻痺させるなど身体に及ぼす悪影響を学んだり、マクロビオティックなどの言葉を知ったのもこの時期です。
この頃の食生活は基本的に自炊で、お店で繋がった農家さんから無農薬野菜を宅配してもらい、白砂糖やお肉はほとんど口にしませんでした。
お店ではマクロビオティックのお菓子作りを学びたかったのですが、前任がすぐに辞めてしまい、教えてくれる人がいないので、お料理教室に通いながら働いていました。」

2年半ほどこちらのカフェで働いたあと、東日本大震災をきっかけに都内のナチュラルコスメ店へ移ることに。

「コスメ店で働き始めてしばらくして、近くのカフェでダブルワークを始めることにしたんです。
ここでは添加物フリーの甘酒を取り寄せて販売していて、私はマフィンを焼きながら一人でお店をまわしていました。」

コスメ店に移って1年後、再度お菓子作りを学ぶため、フランスの焼き菓子店へ。

小久保さんと石川さんの対談シーン③

「営業時間が長いお店だったため、夜ごはんが余ったケーキになるという生活が続きました。
そうしたら、4ヶ月くらいで体調を崩して肌がボロボロになったんです。
情緒も不安定でネガティブな気持ちになったり、浮き沈みが激しくなりました。
寝ているときも仕事のことが夢に出てきて、このお店で働くのがすごくつらくて。希望の光が見えない時期でした。」

偏った食事や不規則な生活が精神や肉体に及ぼす影響は大きい。
都会で働く人はこうして心身に不調をきたしていくのだと、小久保さんはこのとき身を持って体験したそうです。

同じ時期、八王子でアルバイトをしていた頃の仲間が都内で一軒家カフェをオープンするということになり、小久保さんも開店の準備を手伝うことに。
その後、カフェの開店と同時期にフランス菓子店を辞め、一緒に働き始めました。
作り手はオーナーと小久保さんの二人体制。
実はこのときのオーナーが現在のご主人になる方で、二人は開店から1年後に結婚。
2年目には子供もでき、それからはご主人が一人で営業することも増えたといいます。

小久保慧さんと石川さんの対談シーン②

「この頃の主人は、ご飯を食べても食べてもどんどん痩せていったんです(笑)」

と、今では笑い話のように話してくれました。

子どもを育てながら、この店の営業形態を維持するのは難しいと判断しため、閉店を決意。

「今度は二人の地元である八王子に戻ってお店をやろうということになり、店舗物件を探し始めました。八王子駅の近くに良い物件が見つかったのですが、契約条件が折り合わず断念しました。」

この時すでに小久保さんは高尾山に魅了され、1人で裏高尾でお店をやることを決めていたといいます。

そして、高尾山のなるべく近くにいたいという想いから「TAKAO 599 MUSEUM」のカフェで働き始めました。

石川敏之さん

「私との出会いは、599MUSEUMで小久保さんが働いている時に会話したのがきっかけでしたね」と石川さん

「599カフェで働くうちに、高尾には地域通貨や地ビール製造など様々な活動をしている方がいることを知り、開業への気持ちも高まってきました。
さらに、裏高尾には湧き水があることも知り、このお水を使って料理をしたい、皆で共有したい、身体に負担のない食事を作りたい、と強く思うようになったんです。」

599カフェで働いている間に店舗も見つかりました。
内装は自分たちで手がけ、翌2018年4月「高尾食堂あめとつち」をオープン。



高尾食堂あめとつち誕生

高尾食堂あめとつち 縁側からの風景

縁側から眺める風景はまさに日本の原風景といえるものかもしれない。

築45年以上の古い一軒家を改装したこちらのお店は、週2日のランチタイムのみの営業。

高尾食堂あめとつち お品書き

「あめとつち」の字体は小久保さんのお母様が自筆したものをイメージ化

店名の「あめとつち」は、高尾山に降った雨が土に染み込みろ過されて湧き水になることを表しています。

厨房で働く小久保慧さん

柿の新芽
厨房で料理を盛り付ける小久保慧さん

お料理はお肉もお魚も、小麦粉も砂糖も使わない「あめとつち定食」のみ。
1日限定20食の理由は、これ以上になると自分の満足できる形で出せないためだといいます。
あめとつち定食を配膳する小久保慧さん

あめとつち定食

高尾食堂あめとつち あめとつち定食

六角形のお皿は恩方の古民家工房「日々器」製。

恩方の陶芸家さんに作ってもらったお皿に精妙に配置されたお料理は見た目も美しく、もはや芸術品として鑑賞する域に達しているように感じずにはいられません。

あめとつち定食は、小麦粉や砂糖を使わずに米粉やみりんなどの植物性原材料のみで味を表現。
その原型は小久保さんが働いていたオーガニックカフェに遡ります。

取材日の「あめとつち定食」のおかず6品は全て旬が感じられるもので、味付けではなく「食材の力」が存分に引き出されていました。

あめとつち定食を頂く石川敏之さん

身体に優しい料理に思わず顔もほころぶ。

お米は伊勢原の有機農家、べじたろう農場さんの五分搗き米を使用。

野菜は裏高尾の町内会で繋がったご近所さんの畑で採れたもの。
高尾の大地のエネルギーをぎっしりと蓄えています。

素材の味を引き出すのは、高尾山に染み込んだ雨が土によってろ過された自然の湧き水。
お隣の峰尾豆腐店さんに湧き水を汲みに行くところから「あめとつち」のストーリーは始まります。

高尾食堂あめとつち もちきびとじゃが芋のコロッケ

もちきびとじゃが芋のコロッケ

コロッケは入れる素材のコンビネーションが大事だけど、もちきびとマッチしていてトマトソースとも絶妙。衣はなんと「おから」。

のらぼう菜とのりのペペロンチーノ

のらぼう菜とのりのペペロンチーノ

のらぼう菜をペペロンチーノ味で食べるのは初!のりとも合います。

ほうれん草と人参の白和え

ほうれん草と人参の白和え

ほうれん草と人参それぞれの素材が活きていて、黄色い花の彩りも楽しめます。

一番の感動は「イタドリ、柿の新芽、たんぽぽの天ぷら」。
脂っこくなく揚げていて、それぞれ美味しく味わえました。

食卓にまず並ばない、道端にある「ありふれたもの」の旬を知り、食材にしてしまう。
「目立つもの」だけでなく、多様な植物にも目を向ける小久保さんの「料理人としての目」に感服。
私が多品種栽培していることにも通じます。

キウイとレモンカスタードのタルト

キウイとレモンカスタードのタルト

キウイフルーツがてんこ盛りでデザートは必ず注文してしまいます。
ひとこと「美味しい!」満足。
もちろんグルテンフリー、シュガーフリーです。

高尾食堂あめとつち 食事をする石川敏之さん食材の旬を知り、コンビネーションや彩りも考慮してレシピを考える小久保さんの料理は何度も食べたくなります。
優しさが伝わる食事を是非味わってみてください。

取材の最後に

小久保さんは週二日の営業日に合わせたメニュー作りを、「収穫した食材の中から考える」「季節の野菜で創る」「他から買い出ししたりしない」と話してくれました。

メニューを決めてから食材を調達しに行くのが一般的な料理人。
小久保さんは食材ありきの真逆のアプローチ。
とても素敵なことだと思います。

同じようなことを山形のアル・ケッチァーノ 奧田政行シェフも言っています。
「その食材の良いところを引き出した料理を食べていただく。」と言っていたことに通じるものがあります。

白和えに添える花を摘む小久保慧さん

お料理に使うお花をひとつずつ丁寧に選ぶ小久保さん

個人店とチェーン店はいったいどこが違うのでしょう。
それは、手をかけているだけでなく、ストーリーのある料理か、寄せ集めの誰が作ったかわからない料理かの違いです。

顔の見える作り手さんだけで創られた小久保さんの料理。
ご縁が繋がったスローフードを、私はこれからも食べていきたいと思います。



レポーターのご紹介 石川敏之さん

ゆっくり農園 石川敏之さん川崎生まれ横浜育ち。
職場異動を機に八王子へ転居し在住15年。
観光案内アルバイトの経験や市民活動に関わり、少しずつ八王子愛が熟成していきました。

生活協同組合に30年以上勤務しましたが、3.11を一つの転機として早期退職を選択。
豊かさや効率優先な生き方を問い直すようになり「食べることは生きること」を意識するように。

もう一つの転機は人との出会いです。
ブータンツアーに参加し、文化人類学者の辻信一さんと江戸学が専門の田中優子さん(法政大学総長)の二人とご一緒でき、学びを得ることで生き方をダウンシフト
地域は面白いです。
現在は「ゆっくり農縁」の屋号で在来作物やイタリア野菜などの野菜作りを手がけています。

ゆっくり農園のアピールをする石川敏之さん

自ら栽培した野菜を食べて「美味しい!」と言ってもらえるのが最高の喜びです。

作る事だけでなく伝えることもしていきたいと考え、ドキュメンタリー映画の上映会「てんぐシネマ倶楽部」も企画運営。
八王子駅周辺には映画館がないので、シネコンとは一線を画す、小さくてもメッセージ性のある映画館を創りたいと考えています。

食べること、美味しい食材に目がないので、八王子グルメ探訪もしています(笑)。
最近は西多摩地域にも足を伸ばして守備範囲が広がりました。
今後は、こだわりの食材等を飲食店に繋ぐ仕事にも注力していきたいと思っています。

お店データ

店名:高尾食堂あめとつち
電話:090-9255-6220
住所:東京都八王子市裏高尾町1062
Instagram:http://uratakao.com/
営業日:木曜・金曜(不定休あり。インスタグラムにて営業日確認して下さい)
営業時間:11:00~15:00(ラストオーダー14:00)
ジャンル:自然食堂
最寄駅:中央線 高尾駅
高尾食堂あめとつちを支える人たち:
するさしの豆腐 峰尾豆腐店
べじたろう農場
さかもとファーム
・さとやまベジファーム
地球の木

電話でのご予約はこちらをタップ

アクセス

高尾駅北口 京王バス「小仏」行き約15分 摺差(するさし)下車すぐ。

当サイト管理人より

八王子グルメ探訪第19回、「高尾食堂あめとつち」特集はいかがでしたでしょうか。

取材の中で小久保さんが、お肉を使わないことに対し「マクロビという言葉に制限されたくない。」と話されたことがとても印象的でした。

小久保さんはご自分の料理を「凄く手をかけた家庭料理」と表現します。
よもぎ団子のお吸い物ひとつとっても、山によもぎを採りに行くところから始まります。
そのあとは茹でて、すり鉢で潰して、一個一個丸めて、やっとお吸い物の食材のうちの一品ができあがる。
他のおかずも同様にものすごい手間暇がかかっています。

「きちんと手をかけて創られた料理は美味しい。フラットな気持ちで来て、美味しいと思ってもらえたらそれでいい。」と話す小久保さんの言葉から、本当に大事にしていることは、特定のキーワードに制限される料理ではないのでしょう。

もしあなたが、日頃の慌ただしい加速生活に疲れを感じているようでしたら、裏高尾に来て週二日だけの家庭料理を楽しんでみてはいかがでしょうか。

束の間のダウンシフトに癒やされることを、お約束します。
厨房で花を摘む小久保慧さん

Photo by 山本ミニ子( にちにち寫眞主宰

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石川 敏之

石川 敏之ゆっくり農園 代表

投稿者プロフィール

川崎生まれ横浜育ち。
生活協同組合に30年以上勤務したが、3.11を一つの転機として早期退職を選択。
豊かさや効率優先な生き方を問い直すようになり「食べることは生きること」を意識するように。
現在は「ゆっくり農縁」の屋号で在来作物やイタリア野菜などの野菜作りを手がけている。

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