パン屋さんの移転をきっかけに団地商店街が復活
2012年6月、南大沢三丁目の団地内商店街にある唯一のスーパーマーケットが遂に撤退。
この商店街ではこれまでも、パン屋さんやお寿司屋さんが一軒また一軒とシャッターを下ろし、寂しさを漂わせていましたが、今回のスーパー閉店は、シャッター街化が決定的となった瞬間でした。
築30年以上経つ団地に初期の頃から住む住民は高齢化し、南大沢駅前のスーパーまで往復20分かけて買い物に行くことを余儀なくされ、買い物難民化が懸念されることに。
いっぽう、スーパーが撤退した同じ頃、町田市小山ヶ丘にある小さなパン屋さんが、偶然にもこの商店街に店舗の移転を決めました。
そのお店の名前は「CICOUTE BAKERY(チクテベーカリー)」といい、パンマニアの間で知らない人はいないという超有名店。
そしてお店の移転場所は奇しくも、その昔パン屋さんが撤退し、長い間空いていた物件だったのです。
「チクテさん、いつ来るの?まだなの?」と、近隣住民によく聞かれたと、北村さんは当時を振り返ります。
そして翌2013年3月、近隣住民の期待を一身に集めたこの有名店は、長い店舗改装期間を経て、シャッター街となった団地商店街に遂にオープン。
開店と同時に、店舗には近隣のみならず遠方からも人が押し寄せ、20台近くある商店街の駐車場もほぼ満車に。お店の外には長蛇の列ができました。
移転からしばらくすると、店舗前の広場ではマルシェも開催されるようになり、何かが変わり始めました。
同年11月にはチクテベーカリーと同じ並びに、カフェ「MAY.DELICA&BAR(メイ デリカ&バー)」もオープン。死に体だった商店街に少しずつ活気が戻る兆しが見えてきました。
そして時は流れ、移転から約4年半後の2016年10月には、長い間空いていたスーパーの跡地に「全日食チェーン 南大沢店」もオープン。
どうやら、少子高齢化が進むこの団地商店街は、パン屋さんの移転をきっかけに、少しずつ昔の活気を取り戻しつつあるようです。
きっかけを喩えていうなら、ひとひらの「蝶の羽ばたき」。
その微かなバイブレーションが周囲に連鎖反応を引き起こし、数年後に大きな竜巻となったのでしょうか。
八王子グルメ探訪 第15回、チクテベーカリー編では、ガラガラのシャッター街に人の流れを呼び戻した、この不思議なパン屋さんの魅力を探ります。
今回のレポーターは当サイトの写真担当であり、チクテさんの大ファンでもある、山本ミニ子さんにお願いしました。
それではミニ子さんのアテンドをお楽しみ下さい。
チクテの名を全国に轟かせたイングリッシュマフィン
CICOUTEとは北村さんとご友人の造語。フランス語でC(チ)で始まる名前にしようと思いたち、「パイ生地に穴を開ける(シクテ)」という意味に、北村さんのあだ名の「ちく」をかけて、チクテに決まったそうです。
チクテベーカリーは2000年11月、町田市多摩境にある北村さんの実家一階に構えたパン工房から始まりました。
当初は店頭販売はなく、卸と個人配送のみ。
ご友人が下北沢で営業しているカフェ(チクテカフェ:現在は閉店)に、ご自分の車でマフィンやパン類を配達したそうです。
開業から1年くらい経った頃、カフェが雑誌「クウネル 創刊号」に取り上げられ、大ブレイク。
カフェにはお客さんが殺到し、店に卸していたマフィンが大人気に。
チクテの名前を全国に轟かせるきっかけとなりました。
「鋼版に載せる個数が制限されるため、3時間でたったの15個しか焼けないマフィンに日本全国から予約が殺到。注文のFAXがずっと鳴り止まず、多摩境の頃は7,8回焼いてました。」と、北村さんは当時を振り返ります。
マフィンがない、マフィンが足りないと、幻のマフィンのようになってしまい、ネット予約は二ヶ月待ちだったといいます。
ウソの情報も出回って、周りが勝手に凄いというレッテルを貼った一面もありました。
作っても作ってもカフェに殆ど持っていかれて、お客さんに渡せるマフィンは少なかったといいます。
こうして、希少なマフィンを発送することで、チクテの名前は全国に広まっていきました。
「でも、当時はうちをマフィン工場だと思っている人がほとんどで、チクテでやりたいことを打ち出していかないと、誤解されたまま進んでしまうと感じていました。本当にやりたいのは自家製酵母のパンのお店なので、これからは自分の想いを全面に出そうと決めたんです。」
2002年、想いを形にするため、工房に2坪の店舗を併設。
2013年3月には南大沢三丁目商店街に移転し、現在の店舗をスタートしました。
「多摩境の頃、震災後に車で移動する人が減ったためか、来店客が一気に離れたんです。
これはやばいと思ってお店たたむか、移転するかかな、と。
いざ移転すると決めても、本当にお客さん来るかなぁ、と心配でしたね。」と、北村さんは当時の不安な心境を振り返ります。
ところが移転オープンと同時に来店客が殺到し、店の外には長蛇の列が。
「へんぴな場所でよく始めたね、とよく言われましたが、移転前の店舗(多摩境)から車で10分くらいなので、昔からのお客さんは移転後も来て下さったんです。
商店街の駐車場があるので安心して停められますし。
移転前から商店街の方が、チクテが来ることを近隣の方にお話して頂いたようで、待ってくれていたという感じでした。地域住民の方達に喜んで受け入れてもらえたことが一番大きかったですね。」
こうして北村さんの予想はいい意味で裏切られ、幸先の良いスタートを切ることに。
それ以来、店先は小さな子供からお年寄りまでひっきりなしに訪れる、団地住民の憩いの場となりました。
店内は優しい光が差し込む心地よい空間
工房での創作風景
「団地に住むお年寄りの方が、駅までの往復20分かかる買い物がけっこうたいへんという話はきいてました。うちは柔らかいパンがもともとなかったんですが、お年寄りのお昼ご飯のために、小さくてちょっと柔らかめで、一個でもけっこうお腹いっぱいになるようなパンを作るようにしたんです。最初牛乳を置いてくれと言われたんですけど、それはどうかなと思ったんで(笑)。」
「うちでは同じ生地を何回も焼いたりしません。一度仕込んだ生地を冷蔵しておいて、お客様のご来店に合わせて小分けにして焼くと、最初と最後で味が変わってしまうんです。うちはそれをやらないので、一番いいタイミングに焼けるようにすると、一日で一窯とか。ほとんどのパンが一発勝負です。」
店頭にはハード系のパンを中心に数十種類が並ぶ
店頭には、いつも個性的でここでしか買えなさそうなパンばかり並んでいて、季節限定物もたくさん。店員さんにオススメを尋ねながら悩むのも楽しい時間です。
スーパーが撤退して、買い物がたいへんになった高齢者の食事替わりになるよう、一枚でお腹が満足するようにと北村さんの想いがこもった食パン。
平日は10本くらいしか焼かない、チクテの逸品です。
「好みが分かれると思うんですけど、好きな方はこれを食べたら他のは食べられないみたい。嫌いな人は来ないけど、好きな人がどうしてもここじゃなきゃ買えない、と来てくれるのがいいんだなと。うちはそれでいいと思ってます。普通にどこにでもある食パンなら作っても意味がないので。他店と比較されない別ジャンルを自分たちで作りました。」
新緑の候、素敵なパン達に逢いに行きました
チクテさんには車で行くことが多いのですが、4月のある晴れた日に南大沢駅から歩いてみることに。南大沢駅から商店街に続く遊歩道は緑がたくさんでお散歩にぴったりのコースでした!
お店のFacebookページをフォローしているのですが、毎日2回更新されるパン達の写真がまたいいんです!
本日のパンをうっとり眺めて、「今日は何を買おうかな?」とウキウキ気分でお店に向かうのがオススメです。
ただ、どれもボリュームたっぷりなので、買い過ぎても食べ切れないし、全部買えないのが恨めしいんですよね…。
人気メニューは早い時間に売り切れてしまうのも悩ましい。いまやすっかりファンの私。
どれだけ通えば全メニュー制覇できるのか。挑戦は続きます!
この日お迎えした素敵なパン達をご紹介します
イングリッシュマフィン
先述したイングリッシュマフィン。今は当日朝のみ予約を受け付けています。
この日は開店と同時に予約して、外のテラス席でのんびり待たせてもらい、1時間弱で焼きあがりました。
外はカリカリ、中はもっちり。
小麦の味というのでしょうか、素材の味がしっかり広がります。
今回は2個購入。
一つはそのまま、もう一つは半分に切って温め、バターと蜂蜜でいただきました。
卵やハム、トマトなどにも合いそう!次回手に入ったら試したいです。
チクテバゲット(チーズ)
歯ごたえ十分のパンの中には、クセのないチーズがたっぷり。
何度もリピートしたくなる味です。
タルティーヌ
惣菜系タルティーヌは具材に圧倒的な存在感があり、食事として完結しています。
一度に全種類は食べ切れないのが悔しいのですが、いつか全制覇したいです。
甘いタルティーヌは、「こういうデザートパンを探していた!!」と叫びたくなる存在。
甘過ぎなくて、食べ応えがある、大人の味。
特にピーナッツペーストは癖になりそうです。
甘いパンはタルティーヌの他にも試しましたが、どれも程よい甘さで深い味わいです。
オレンジとチョコのパンも絶品でした。
よくある菓子パンは甘さからも柔らかさからも食べた後の罪悪感がいつもあるのだけれど、チクテベーカリーの甘いパンには、どれだけ食べても罪悪感が湧かない。
これはすごいことです。
あんバタ
あんバタは冷蔵庫保存の冷たいアンパンなんですが、これがまた絶品でした!
あんこの素材の味と真っ白なバターが上品にマッチしてました。
サンドウィッチ
ふんだんに入った具材がどれも魅力的。
パンもペッパーがきいていたり、ゴロゴロしたくるみが入っていたり。
こちらも、具もパン自体も、食事として単品で満足できるボリューム。
ワインにも合いそうです。
食パン
初めて受け取った時の重さにびっくりしました。
食べてみてその重さに納得。
中身が詰まっていて、食パンの概念を覆されました。
でも、本来これこそ「主食としてのパン」たる食パンなのかもしれません。
お腹にずっしりくる、まさに、「ご飯の代わり」。
味も、少し酸味があって、もっちりしていて、これまで食べたどの食パンとも違う個性があります。
少しあたたまる程度にオーブンに入れて、クリームチーズを塗って食べるのが私のお気に入りです。
取材を終えて
今回の取材がきっかけで知ったお店ですが、すっかりファンになってしまい、プライベートでも何度も通うほどになりました。
味や品揃えが好みであることももちろんなのですが、北村さん自身のファンになったと言ってもいいかもしれません。
ここのパンやお店作りには確固たる信念のようなものを感じるのです。
万人受けするものよりも、一部の人に強く刺さるもの、他と比較されない唯一のジャンルのものを届けたいという北村さんのお話は、私が家族写真に対して抱いている思いと重なるところが多く、強く共感しました。
ミニ子のレポートは終わりますが、これからもチクテベーカリーのファンであり続けたいと思います。
レポーターのご紹介 山本ミニ子さん
八王子在住。
家族写真の出張撮影をメインに活動するフリーランスフォトグラファー、「にちにち寫眞」代表。
大手新聞社系出版社のカメラマンを経て、2013年に独立。
年間80~100組の家族を撮影するうちに、家族写真への想いが膨らみ、2017年「にちにち寫眞」立ち上げと同時に山本ミニ子名義で活動を開始。
http://nichinichiphoto.com/
本名、山本友来(ゆうき)名義では雑誌「AERA」や系列の育児誌での取材撮影、朝日新聞エンタメ欄での芸能人ポートレートの他、学校写真や企業写真など、人物写真を中心に活動している。
「私が撮れば100倍良くなります」が口癖。
気の強さとプライドの高さを醸し出す、とても頼もしいカメラマンです。
お店データ
店名:チクテベーカリー
電話:042-675-3585
住所:東京都八王子市南大沢3-9-5 コーシャハイム南大沢101
HP:http://cicoute-bakery.com/
Facebook:
https://www.facebook.com/bakerycicoute/
Instagram:
https://www.instagram.com/cicoutebakery/
チクテベーカリー突然便(通販ショップ):
https://cicoute-bakery.stores.jp/
チクテベーカリー 求人情報
→ Sweet Net Job
→ スタンバイ
営業時間:10:30~18:00
定休日:月・火曜日
ジャンル:ベーカリー
最寄駅:京王相模原線 南大沢駅
2022年のシュトーレン(stollen)予約について
今年の店頭お受け取りのご予約終了しました。
アクセス
当サイト管理人より
八王子グルメ探訪 第15回、チクテベーカリー編はいかがでしたでしょうか。
今回ご紹介したチクテさんの事例は、少子高齢化・過疎化に悩む他の商店街にも示唆を与える、とても貴重な事例ではないかと感じています。
小さなパン屋さんがシャッター街となった団地商店街に移転し、周囲に影響を与えながら商店街が活性化していく過程を振り返りましたが、たった一店舗のお店が持つポテンシャルに驚かれた方もいるのではないでしょうか。
朝早くから分刻みで働く北村さんに、お昼休みの貴重なお時間を頂いて取材にあたりましたが、粉まみれのエプロンの上にパーカーを羽織って現れたその姿からは清々しいオーラを放っていました。
移転してから、自分が作りたいパンからお客さんが喜ぶパンを作りたくなったと話す北村さんに、「この人の本当の正体は、シャッター街となった商店街を救うために下生した菩薩様なのではないか?」と思ってしまうほど、利他の精神をお持ちでした。
自由な時間もほとんど取れず、読書する時間があったとしても、読むのはパンの専門書だといいます。
「何が良いのかわからないですけど、変なパン屋でいいんです。変わったくらいがちょうどいい。これからも今のまま、あと20年はやっていきたいですね。」と話す北村さん。
個人が地域社会に対してできる、ひとひらの蝶の羽ばたきとはいったい何でしょう。
一人一人が、微かでも素敵な羽ばたきを魅せたなら、地域社会は将来、大きく変容するかもしれませんね。
南大沢三丁目商店街のように。
Photo by 山本ミニ子( にちにち寫眞主宰 )
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